衝撃のデイサービスデビュー

認知症と聞いて、どのようなことが思い浮かびますか?
「物忘れが激しい」
「同じ事を何度も言う」
「同じ行動を何度も繰り返す」
など、一般の方が持たれている代表的なイメージはこのようなことだと思います。
ご家族や親戚など身近に認知症の方がいないと、具体的にどのような症状が現れるかは分からないというのが本当のところではないでしょうか。
私がそのことを体感したのは、ヘルパー2級を受講中、初めてデイサービスに実習生として訪れたときのことです。
認知症の施設に勤務して3年が経った今、いろいろな症状の方がいらっしゃることを経験して来ました。
ところが、介護施設での経験ゼロだったあの時、デイサービスで目の当たりにした80代の女性の行動はかなり衝撃的なものでした。
ここで、私が、デイサービスで実習した日に遡ります。
ご利用者である80代の女性は、施設に到着するや否や、なんだか落ち着きません。
自分のバックの中に何度も手を入れ、何か、探し物をしているようです。
その後、席を立ち上がり、杖をつきながら、入り口の方へ向かいました。
私は、よろよろと歩く姿を見て、転倒したら大変だと思いました。
すぐさま、後を追いかけ、勇気を出して、お尋ねしました。
「何かお探しですか?」
「財布と定期が見当たらないの。確かに、持って来たんだけど。あぁ、困ったわぁ。」
「それは大変ですね。よろしかったら、私も一緒に、お手伝いしますよ。」
「悪いわねぇ。ありがとう。」
一緒にテーブルまで戻り、もう一度、バックの中身を全部出しました。
着ている服のポケットの中とロッカーも確認しました。
しかし、どこにも、財布と定期は見当たりません。
私は、これ以上、どうすればいいのか分からなくなり、私の実習指導員も兼ねた介護士さんに事情を説明しました。
すると、「いいの、いいの。いつものことだから。」と、落ち着いた様子。
私は、正直、心の中で、「冷たい人だなぁ」と思いました。
それから、その女性は、昼食を召し上がっているときは、探し物は止めました。
よっぽど、お腹が空いたのでしょう。何度も「美味しいわぁ」とつぶやきながら、出された食事を全て平らげました。
食事を終え、最後にお茶を飲み干すと、また、落ち着きを失いました。
バックに手を入れて、再び、財布と定期を探し始めたのです。
結局、この女性は、食事とトイレ以外、ひたすら、財布と定期を探していました。
こうした不思議な行動を繰り返す女性を見ているうちに、やがて、先輩介護士の言葉の意味が分かりました。
そうです。財布と定期は、いくら探してもないのです。
なぜなら、元々、持って来ていないのですから!
どういうことかと言うと、認知症の方の特徴として、
「いつも、不安感がある」
「外出すると、家の施錠や持ち物を何度も確かめる」
といった傾向があります。
まさに、この女性の行動に当てはまります。
恐らく、以前、お勤めをしている頃を思い出していたのではないでしょうか。
通勤で公共機関を使う方なら誰でも、外出時、財布と定期を持っていないと気付
くと、何も手に付きません。
まして、他のご利用者と一緒に、カラオケをする気になど、決してなりません。
私はこの実習を受ける前、ヘルパー2級講座で認知症についても学んでいました。
しかし、それは、講師が認知症について解説し、ただノートに書き写す行為に過ぎなかったのです。
実習生としてデイサービスを訪ねて、テキストに書かれていた
「認知症とは、脳の記憶機能に障害が発生する病気である」
ということを、初めて身をもって体験したのです。
介護の現場では、「受容と共感」という言葉があります。
「受容」とは、相手をそのまま評価せずに受け入れること。
「共感」とは、相手が感じていることを相手の身になって同じように感じようとする姿勢のこと。
従って、このようなケースにめぐり合っ場合、「財布と定期は元々、持ってないでしょ」と言ってしまうのは素人の対応です。
プロの介護職員なら、持っていないことが分かっていても、一緒に探し続ける姿勢が必要となります。
介護者は、認知症の方の気持ちを理解することによって、信頼関係を構築するための第一歩が生まれるのです。
記事提供元サイト:認知症介護と障がい者支援
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